トップページ取組み・活動THE DRUGSTORE STORY 「ドラッグストアで生まれた幸せの物語」#05

#05:1000分の1

 「間に合わないよぉ」「早く、早く」
レジを打っていると、列の後方で小さな男の子が叫んでいた。店の前にはバス停がある。
「バスの時間?」「それともトイレ?」私はレジの手を早めた。
やがてその子の番が来た。顔がぬれて光っている。夏の暑さのせいで汗をかいているのかな? いや違う。涙だ。泣いているのだ。四~五歳くらいだろうか。しかも1人で来ていた。
そして、小さな手には折り紙を握りしめていた。
「袋に入れますか?」と聞くと「間に合わないからいい」涙声でそう言った。
「トイレなら連れていってあげようか?」男の子は首を横にふった。
「バスの時間?」また首を大きく横にふり、
「お母さん!」というと、今まで我慢していたのか「うわあん」と大きな声で泣き出した。
私は急いでレジを他のスタッフに代わってもらい涙をふいてあげ、わけを聞いた。
お母さんが今から病院でお腹を切るそうだ。店からすぐ近くのあの大きな病院だ。何か重い病気なのだろうか。
泣いていたらお父さんに叱られ、買い物に行くように言われたそうだ。お父さんはお母さんに付き添っていて来られないので1人で来たのだ。
「お父さんと一緒に、お母さんのために鶴を折るの。いっぱい折って、千羽鶴になったらお母さん良くなるかもしれないんだ。早く行かないとお母さん死んじゃう」
必死に話す男の子を前に、気がつくと私の目にも涙が溢れていた。私に出来ることは何だろう? 悲しいけど何もありはしない。いや……。私は男の子から折り紙を一枚もらった。そして「手術が成功しますように」と心を込めて祈りながら鶴を折った。
「これ、おばさんからお母さんに。大丈夫! お母さんは絶対、死なないよ!」
男の子は少し安心したのか「うん」と大きくうなずいて、一目散に病院の方へ走って行った。
気がかりではあったが忙しい毎日が過ぎる中、男の子の顔をはっきりとは思い出せなくなった頃のこと。
背の高い男の人が、店で荷出しをしている私に近づいて来た。
「ありがとうございました。以前妻のために鶴を折っていただきました」
「あっ」と思って見ると、あの時の男の子が恥ずかしそうに隣に立っていた。お父さんだ。
お父さんと一緒? じゃあお母さんは? まさか……。心配そうな顔の私にお父さんは微笑んで言った。
「ご安心ください。妻はただの盲腸だったんです。もうすっかり良くなりました」
ああ、なんだぁ、そうだったんだぁ。でもとにかく良かった。ほっとしたのか膝の力が急に抜け、空気の抜けたしぼんだ風船みたいな気分になってしまった。でもそんな私の心は、続くお父さんの言葉でまた暖かくふくらんだ。
「この子は甘えん坊で泣き虫で、妻がいないとどこへも行けませんでした。それがあの日初めて1人でおつかいに行けたんです。泣いてばかりいないでお母さんのために出来ることをしろ!って叱りつけて行かせたし、痛くて苦しんでいる母親への心配もあって、この子にとっては大変な状況だったと思います。そんな中、優しくしていただき鶴を折って励ましてくださいました。どんなにこの子の助けになったかわかりません。本当にありがとうございました」
お母さんのために勇気をふりしぼって、1人で走り信号機を渡って、どんな思いでうちの店までたどり着いたのだろう。なんだか胸が熱くなって私はまた涙をこぼしてしまった。

 その後、男の子はお母さんとも買い物に来てくれる。お母さんも、
「鶴なんて折れなかったこの子が、今では折り紙が得意なんですよ」とうれしそうに話してくれる。
「僕、また1人でおつかいに来るね」元気に話すしゅんた君の顔にはもう涙はない。額に光る汗がキラキラとまぶしい。
折り紙が得意になる程いっぱい鶴を折ったしゅんた君。お母さんを思うしゅんた君の気持ち。たくましい男の子に成長してほしいと願うお父さんの気持ち。いっぱい思いのつまった千羽鶴ができたことだろう。私が折ったのはその中のたった1羽。込められた思いの1000分の1にすぎない。でもその1000分の1の思いを千羽鶴の中に加えてもらえたんだと思うと、とてもうれしい。
最後に、忙しい中嫌な顔もせずにレジを代わってくれ、涙でぐしゃぐしゃになった私をなぐさめてくれたスタッフの皆さん、店長、ありがとうございました。そしてこれからも「はじめてのおつかい」に選ばれるあたたかいお店であり続けられるよう、皆で力を合わせていきましょうね!

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